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同窓生おばさん珍道中  PARTⅠ(スイス編)

泉谷 好子(27回生)

コロナですっかり旅行にいけなくなった今、同じ思いをしている皆様に私たちの珍道中を読んでもらって、コロナ終焉後は旅行に行くぞ!という希望につながればという思いでペンを取りました。2人で約 30 年かけて27カ国旅をした中の極初期のものです。

 

1997年7月31日。

ノンちゃん、好子39歳にして初めて憧れのヨーロッパの地に立つ。しかし、チューリッヒの空港には大きな垂れ幕が、日本語で、驚きました。垂れ幕には何と書いてあったでしょうか。 次の三つから選んでください。①ようこそスイスへ❣。②お疲れ様です❣。③スリに注意❣。※答えは、最後に。

取り敢えず、好子より英語が出来るノンちゃんが、コーヒーショップのお姉さんにインターラーケンまでの行き方と鉄道の時刻ボードの見方を聞いて、日本で買った5万円で何処にでもグリーン車で行けるチケットで列車に乗りこむが車内放送が無いので眠っては居られない。しかも駅名はドイツ語!Wengen から登山列車でアイガー北壁・ユングフラウヨッホ3571mまで一気に行く。アイガーの山腹をどっかーんとくりぬいた登山列車。さすが観光のメッカ。ユングフラウヨッホは、曇っていて見えなかったが、景色を見るためにあちこち歩き回ったら、ゼイゼイして来て、一気に3000mは、やはり無理があった。戻ってきて、今度は、英語がほとんど分からない好子が動物的臭覚でホテルとレストランを決める。いつも忙しい二人は往復の航空券だけを買って、ホテルは町に着いてから決めるという方式をとっていたが、シーズン中にも関わらずほとんど意外と空いていた。スイス最初のdinnerはもちろん、チーズフォンデュ。塩辛いのでどうしてかと聞くとチーズ自体が塩辛いからこういうもんだと言う。二人は納得出来ずグリエール行きを決める。もちろん行き先も変更ありは、いつものこと。

 

8月1日。

Thunに行き、Bernで登山靴を買おうとするがスイスの建国記念日で全ての商店が閉まっている。首都でこういうことができることに驚いた。アインシュタインが住んでいた家にも行ってみた。ランチにビールを飲み、水を注文するも、ウオーターが通じなく、ワラも通じなく、とうとう飲み干したビールのコップを指さすと二杯目のビールが来た。当然だが、日本なら席に座れば水が出て来るのにとぼやく好子。水も注文出来ない。

 

8月2日。

Wengen に戻りMurrenに行き、Shilthorn2970mに行き、「女王陛下の007」の舞台になった回転展望台に行くがまた霧。床は太陽電池で動く。インターラーケンからモントールは、paroram:c Expressde で行く風光明媚な列車の旅、しかも前日予約で1等車の1番前、それなのにそれなのに、好子は”ずーっと”ずーっと寝ていた”

 

 8月3日。

とうとうGreyerに行く。駅でホテルの場所を聞いて、かなり歩いて行くが、ここはホテルでないと言われ、またそこでホテルの場所を聞いてかなり歩いて行くと小さな森にぶつかり、二人ともかなり疲れていて、ノンちゃんは迂回して安全な道を行こうというが、好子は何が出てくるか分からないけど近道の森を突っ切って行こうと主張する。ここでかなり険悪な雰囲気になるが大人のノンちゃんが折れて、森に入っていった。しばらく両側高い木に覆われた坂道を行くと、何と❣何と❣中世のヨーロッパに紛れ込んだかと錯覚するような小さなお城グリエール城の街が出てきたのです。無言で歩いていた二人であったがたちまち大喜びで、さっそくラクレット、チーズフォンデュを食べるがもちろん最高!白ワインを頼もうとするが分からず、ノンちゃんが思い出したのは、村上春樹がスペインで白ワインをたらふく飲むシーンでブランコと言っていたから"B”のつくのを選ぶと大正解! ちなみにモンブランのモンは山(M)でブランは白い(B)。水も頼めない好子が、この後24カ国も訪問できたのはすべてノンちゃんのお陰。すっかりグリエールを気にいった好子は、将来旦那様を連れて来ると決意するも今だに夢はかなっていない。

 

8月4日。

フランス・シャモニーでは、オイルフォンデュを食べるがちょっとしつこい。フライドポテトの量は半端じゃない。サーモンとニシンのオイル漬けのサラダは美味。相変わらずガイドブックは使わず好子の動物的臭覚で決めるレストランは大成功。次の日、AIGUILLE DU MIDI3842mに登り、雪で真っ白いモンブランを向かい側から見る。もちろんロープウエイで一気に登るのでハイヒールで4800mを眺められるのはさすがスイス。少し離れたところに目の見えない方がいた。素晴らしい景色が見えないのに来る意味がないのでは?と思ったが、何とその方は、大きく息を吸って約4000メートルの大気を感じ取っていたのです。こういう旅の楽しみ方もあるのだと感心するばかり。ここの山小屋のレストランで食べたプレーンオムレツは超最高に美味しかった。午後はモンブランをずーっと眺めながら反対の山をハイキング。そして、途中でパラグライダーに挑戦するとノンちゃんが言う。好子は怖いので止めようとかなり抵抗するが、ノンちゃん曰く、「じゃ、好子ここで待ってて。私行ってくるから」と言われ、待っているのは嫌なので乗ることにした。インストラクターが後ろに乗るからといえ、人生初、2000mから落下して2500mくらいまで上昇したのち、約25分で地上へ。途中グルグル回るので、怖い好子だが、とっさにストップが思い出せず、スロースローを繰り返すが、インストラクターはイーズイイーズイと言って止めない。死ぬかと思った。景色どころではないのですが、さっきまではテクテク歩いていたのに上から眺めるなんて凄いと思ったけど長かった❣ 長かった❣ヨー

 

8月6日。

ツェルマットはこの頃すでにガソリン車の乗り入れを規制していた。活躍するのは小さい電気自動車。初めて見る電気自動車だがあまりにも静かで、ひかれそうになる。ケーブルカーで一気にKLEIN MATTERHORUN3820mに行く。ヨーロッパ一高いところにあるトイレはお一人様ずつパッキングするので、し終わるとビニール袋ごと、ずずずーっと落ちていく。そして、とうとう憧れのMATTERHORUN4478mの肩にあるヘンリーヒュッテまで歩いて行く。途中sunegaからのMATTERHORUNの姿が最も美しかった。次に氷河特急でburi-kuに行き,シンプロントンネルを超えてイタリア・domodozzo-raへ行く。二人はランチを食べに行っただけであるが、さすがにここには日本人はいないだろうと思っていたら何と居た❣。戻ってきてannderumattoで泊まる。そこのレストランで魚が食べたくて、スイスの沼にしか生息しないという魚のムニエルを食べるが、なんという名前かと書いてほしいとウエイトレスに頼むと”ウグイの類”と書いてきた。なんと日本人シェフだった。

 

8月9日。

リヒテンシュタインに行く。切手と観光が財源の世田谷区2つ分の小さな美しい国。24時間営業のチェンジマネーマシーンは便利だった。夕方、Rucherunnに着く。今まで山ばかり歩いていたから、人、人、人、に驚く。なぜかホテルはどこも混んでいて、こういう時は予約していくべきだったと後悔するのですが、ようやくようやく1部屋見つける。夕食のため外へ出て歩いて居るといきなり、ドドドッカーン❣。何と花火❣。日本と違ってバックミュージックがあって、一つ終わるごとに拍手! 後で知ったのだが8月9日は一年に一回の花火大会!ホテルもレストランも見つからなくて大変困ったが一年に一回の花火大会に遭遇できるなんてラッキーなのかと喜ぶ二人。

 

8月10日Rucherunnでは、カペル橋を見たり、ムーセック城を見たりするが、スイス最後のホテルは、好子の動物的臭覚で決めたHotel Des Alpes ここも良かった。そして、最後の夜を飾る夕食は探し歩いて偶然にも見つけたフォンディユシノワーズ(肉しゃぶ)!

初めてのヨーロッパ旅行を無事、大満足で終わる二人でした。

       ※答え ③スリに注意❣。